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マススペクトルのm/z値と分子の質量・分子量との関係について

新しいホームページで新たにブログを書き始めたついでに、質量分析の基本的な内容「質量分析ってなに?」シリーズを書いています。でも、前のホームページのブログも再アップしたいので、古い方から適当に織り交ぜて投稿していきます。

て、今回は、マススペクトルで観測されたイオンのm/z値から得られる元の化合物分子の質量情報について、誤解されている方がまだまだ多いので、改めてまとめておきたいと思います。

 

先ず、マススペクトルで観測されたイオンのm/z値から元の化合物の分子量情報が得られると思っている人が非常に多いですが、これは条件に依っては正しくありません。特に、低分子化合物については、通常分子量では無く分子の質量に関する情報が得られます。分子の質量と分子量はどう違うのか? 両者の違いを明確にしておく必要があります。

 

化合物を構成する元素には、多くの場合同位体が存在します。同位体については、「質量分析ってなに?」の中でも解説しています。同位体には、安定同位体と放射性同位体がありますが、ここでは、天然存在比が比較的多い安定同位体のみ取り上げます。例えば炭素では12Cと13C、水素では1Hと2H、窒素では14Nと15N、酸素では16O, 17O, 18O、などです。各元素において、天然存在比の最も多い同位体を主同位体と言います。前述の4元素については、12C, 1H, 14N, 16Oが主同位体です。分子の質量と分子量の違いを理解する為には、原子の質量と原子量の違いを明確にしなければなりません。原子の質量とは、炭素・水素などの各原子について、同位体毎の質量の事です。12C原子の質量は12.000…、13Cの質量は13.00336です。そして炭素の原子量は、各同位体の質量に天然存在比(12C:約98.93%、13C:約1.07%)を加味した平均値ですから、12.0107となります。有機化合物を構成する代表的な元素について、同位体の質量と天然存在比の表は以下のようになります。

分子の質量は分子を構成する各元素について同位体毎の質量の和であり、分子量は同位体存在比を加味した原子量の和です。アミノ酸の1種であるアルギニンを例にとって説明します。アルギニン分子の元素組成はC6H14N4O2ですから、各原子について主同位体で構成される分子の質量は174.111679であり、整数で表すと174となります。また分子量は174.201であり、整数で表すと174となります。主同位体で構成される分子の質量を精密質量で表したものをモノアイソトピック質量と言い、整数で表したものをノミナル質量と言います。低分子化合物には、モノアイソトピック質量と分子量の値が近く、整数で表すと同一になるものが多く、分子の質量と分子量を混同してしまう原因になっていると思います。C, H, N, Oは何れも主同位体が天然存在比の大部分を占める(最も少ない12Cでも98.93%)ため、この様になります。尚、アルギニン分子の構成元素C, H, N, Oの中で、どれか1つの原子が主同位体よりも質量数が1大きな同位体に置き換わった分子(例えば6個の炭素原子の1つが13Cに置き換わった分子)の質量は、整数で表すと175となります。

 

一方、ハロゲン元素の様に、主同位体の天然存在比が比較的小さな元素を含む化合物では様子が変わってきます。例えばブロモアントラセン、元素組成はC14H9Brです。臭素の同位体は、上の表で分かる様に、主同位体は79Brで天然存在比は50.69%、第二同位体である81Brの天然存在比は49.31%であり、殆ど差がありません。モノアイソトピック質量は255.9888、ノミナル質量は256、分子量は257.1298であり、ノミナル質量と整数で表した分子量(257)との間に1の差が生まれてしまいます。ブロモアントラセンのLD-TOFMS(laser desorption time of flight mass spectrometer)によるマススペクトルを下図に示します。

これらは分子から電子が1つ脱離したイオン(M+)であり、電子の質量を無視すれば、m/z値は中性分子の質量と等しくなります。m/z 256は79Brを含むブロモアントラセンのイオン、m/z 258は81Brを含むブロモアントラセンのイオンです。観測されているイオンのm/z値から得られるのは、Brの同位体毎の分子の質量情報であって、分子量(257)では無い事が分かると思います。

 

イオンのm/z値から分子の質量を知るためには、イオン種が分からなくてはなりません。今回のブロモアントラセンの例ではM+だったので、電子の質量を無視すれば、m/z値は中性分子の質量と等しくなります。しかしLC/MSでは、様々な付加イオンが観測される場合が多く、付加イオンの種類を判断する方法は、別のブログで解説します。

尚、分子量と言う用語、最近では相対分子質量の方が推奨されているようです。

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