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質量分析の基礎、イオン化編:エレクトロスプレーイオン化(ESI)

質量分析ってなに? シリーズと並行して、以前のホームページに載せていた記事を移行しています。今回は、「質量分析の基礎、イオン化編」のエレクトロスプレーイオン化についてです。

 

エレクトロスプレーイオン化は、英語ではelectrospray ionizationとしい、通常ESIと略します。

 

ESIは、”電気伝導性の液体に高電界を作用させると高度に帯電した液滴が生成する”現象であり、タンパク質などの生体高分子化合物の質量分析のためにESIを開発したとして、Fenn博士が2002年にノーベル化学賞を受賞したことは、我々質量分析関係者にとっては記憶に新しいところです。

 

ESIにおけるイオン生成のイメージは図1のようになります。

図1 ESIにおけるイオン生成のイメージ

 

電解質を溶解した水に陽極と陰極を挿入して電圧を印加すると、電気分解が起こり陽イオンは陰極に、陰イオンは陽極に引き寄せられますが、ESIにおけるイオン生成はこれに似ています。

図1では、キャピラリーが陽極、対向電極が陰極に相当します。分析種などの試料成分が移動相溶媒(メタノールなど)からプロトンを受け取って+イオン(正イオン)になると、陰極である対向電極に向かおうとしますが、キャピラリーと対向電極の間には大気圧の壁があります。高度に帯電した微細な液滴(帯電液滴)になることで、試料成分のイオンは大気圧中を対向電極に向かって飛行することができるようになります。キャピラリーの先端から帯電液滴が発生するとき、液体の塊がテイラーコーンという形状として見られます。これは、静電的な引力で液体中の正電荷が引っ張られる事によって起こる現象ですが、これと同じ現象は、身近なところで見る事ができます。それは、水道の蛇口です。その写真を、図2に示します。

図2 水道の蛇口で見られるテイラーコーン

図2の赤丸で示した部分に、テイラーコーンと同じ形状が見られます。写真のフォーカスがかなり甘いですが、形状は確認できると思います。これは、蛇口から水滴が落ちる瞬間を撮影したものです。水の塊から水滴が重力によって引っ張られるときに、この形状になります。ESIでは静電的な引力で、引力の種類は違いますが、現象としては同じになります。

帯電液滴には、沢山の試料成分イオンや溶媒イオン、また中性状態の試料成分分子や溶媒分子が存在していて、サイズは0.1 μm~十数 µmくらいです。帯電液滴のままでは質量分析できません。大気圧を飛行中に加熱して溶媒を蒸発させ、帯電液滴からイオンを発生させ、それを質量分析部、検出部に導いて検出し、マススペクトルを得る事ができます。そのときのイメージを図3に示します。

図3 帯電液滴からイオンが生成するイメージ

 

静電的な引力だけで帯電液滴が生成する液体の流量には限界があり、概ね5 µL/minくらいまでです。ESIは現在はLC/MSの汎用的なイオン化法で、LCの移動相流量は数100 µL/minで用いられます。静電的な引力のみで帯電液滴が生成する限界を大きく超えているため、市販のESIは、図4に示すように、高圧ガスを液滴生成の補助に用いています。

図4 市販ESIのイオン源イメージ

ESIは、大気圧下で液体の流れから連続的にイオンを生成させる方法であり、試料は液体が基本となります。主に、単離精製された試料を溶液状態にして低流量でESI-MSに導入するインフュージョン法と、液体クロマトグラフを介して試料を導入する方法の2種類の試料導入法が用いられます。ESIは非常に夾雑成分の影響を受けやすく、単離精製した分析種を溶液としてインフュージョン法でマススペクトルを測定する際、僅かに塩のような夾雑成分が混入すると、分析種がイオン化され難くなるという問題が起こります。

 

液体クロマトグラフを介しての試料導入では、試料成分はLCカラムで分離された後ESI-MSに導入されるので、試料中に夾雑成分が含まれていても、それらがLCカラム内で分析種と分離されれば影響は受けません。現在ESIは、LC/MSに最も用いられているイオン化法です。

 

最近では、液体試料の他に、組織切片などの固体表面から直接イオンを観測する方法にESIが用いられるようになりました。desorption electrospray (DESI)という方法です。DESIについては、追って解説します。

 

ESIの開発によって、LC/MSが現在のように汎用的になったことは間違いありませんが、生成するイオン種の解釈など、一筋縄ではいかないのも、このESIの特徴です。

 

 

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